EDUCATION

CHAPTER 3ルールと教養

麻布テーラーでは「フォーマルウエアは紳士服の頂点である」と捉えています。それはフォーマルウエアが他者への敬意を蓄積させたマナーやプロトコールを“装い”という形で具現した存在であり、スーツの原点ともなっているからです。この章ではフォーマルウエアやスーツをオーダーすることや装うことはもちろん、その装いのオケージョンも楽しくなるような基礎知識やルールを紹介します。ファッションを楽しむための知識があなたの人生をより豊かにすることを願って。

その起源と進化を振り返る
メンズクラブ監修
スーツ350年の歴史 総まとめ

スーツはどのようにして生まれ、紳士服の中核となっていったのか?
雑誌メンズクラブの監修により、その壮大な歴史を年表にまとめました。
参考文献 中野香織『スーツの文化史』

  1. 1666

    英国王チャールズ2世が衣服改革宣言を発する。上着・ベスト・ズボン・シャツ・タイの組み合わせが王室の衣服として採用される

  2. 1778

    ダンディズムの祖、ボー・ブランメルが生誕

  3. 19世紀前半

    カントリーウエアであったフロックコートがタウンウエアとして浸透する

    男性服の下衣が半ズボンから長ズボンへと移行

  4. 19世紀前半

    上下黒のイブニングコートが夜会の正装として主流になる

  5. 1860前半

    ラウンジスーツが誕生。現在のスーツの原型が完成

  6. 1870年代

    フロックコートに代わり、モーニングコートが昼間の正礼装として広まる

  7. 1872

    太政官布告により、日本の礼服を洋服とすることが定められる

  8. 1876

    英国皇太子エドワード7世がディナージャケット(タキシード)を考案

MEMOスーツの起源はどこにある?

スーツの起源には諸説ありますが、そのなかに1666年の「衣服改革宣言」発出を歴史の幕開けとするものがあります。従来の宮廷服を改め、上着・ベスト・ズボン・シャツ・タイの5つを装いの基本要素と定めたのがこの宣言。右図のように現代のスーツとはまだまだかけ離れた姿でしたが、装いを構成する5つのパーツは共通。ゆえにここがスーツの原点というわけです。私たちが考える「スーツ」の形が成立したのは1860年代。フロックコートなど丈の長い上着を着て外出するのが普通だった当時、室内でくつろぐための服として、着丈を短くした上着が登場しました。これが「ラウンジスーツ」と呼ばれ、時代を経て外出着として定着。つまりスーツはもともと“部屋着”だったのです。

  1. 1918

    麻布テーラーの原点となる平野屋羅紗店が創業

  2. 1930年代

    ドレープスーツが流行

    英国で男性服改革運動が起こり、夏季の快適な服装として半ズボンのスーツなどが提案される

  3. 1940年代

    ボールドルックが流行

  4. 1954

    メンズクラブ創刊

  5. 50年代後半

    米国でアイビールックが
    ファッションとして波及

  6. 1964

    みゆき族が社会現象として報じられる

  7. 1965

    『TAKE IVY』刊行

  8. 1950年代後半〜60年代中盤

    英国でモッズ・ムーブメントが隆盛

  9. 1969

    メルボメンズウェアー創業。滋賀県に自社工場を建設

  10. 1970

    日本万国博覧会(大阪万博)開催。メルボメンズウェアーは「21世紀の服」をテーマに出展

MEMOスーツの基本が完成した20世紀

20世紀に入ると、室内着だったスーツがメンズウエアの基本として浸透。以後、時代とともにシルエットやデザインを変化させながら現在へと受け継がれていきました。1930年代には、胸周りにゆとりをもたせ、たくましさと余裕を表現したドレープスーツが主流に。これはブリティッシュの代名詞として今なお支持されるスタイルです。その特徴をさらに強調したのが、40年代のアメリカで流行したボールドルック。パッドで補強した肩、太いラペルなど力強さを前面に打ち出したスタイルです。50年代に入ると、アメリカではそれまでエリートの象徴であったアイビールックがファッションとして市民権を獲得。現在トラッドスタイルと呼ばれる服装のルーツがここに生まれました。

  1. 70年代中盤

    ブリティッシュ・アメリカンスタイルが日本で流行

  2. 70年代後半

    第二次アイビーブームが起こる

  3. 1979

    第二次オイルショックを機に、大平正芳首相が省エネルックを率先して実行

  4. 1980年代

    ニューヨーク・トラッドスタイルが隆盛

    DCブランドブームが沸騰

    ソフトスーツが大流行する

  5. 80年代後半

    ブリティッシュスタイルが人気に

  6. 90年代後半

    クラシコイタリアブームが起こる

  7. 1999

    麻布テーラーが立ち上げられる

MEMO日本のスーツ文化も
多種多様に進化

1960年代の和製アイビーブームに始まり、高度経済成長期以降の日本では多種多様なスーツスタイルが開花していきます。70年代半ばには、英国のムードを取り入れたアメリカブランドが台頭。アイビーの発展形として日本でも一大旋風を巻き起こし、勢いを増したムーブメントはやがてニューヨーク・トラッドと称されるようになります。その後、トラッド好きな人々のスタイルはフレンチアイビー、ブリティッシュと移り変わっていきますが、一方で大人気を博したのがミラノ発のソフトスーツ。国内ブランドも続々とその流れを追い、時代の象徴となりました。そして90年代後半、クラシコイタリアという新潮流が到来。以後、イタリアスーツ一強時代が続いていきます。

  1. 2005

    クールビズが始まる

  2. 2000年代中盤

    モード発のアメトラブームが起こる

  3. 2000年代後半

    スーツの軽量化が進む。芯地などを極力省いた仕立てが主流に

    スーツの細身化が進む。スーパースリムシルエットが人気に

  4. 2010年代前半

    ストレッチ、ウォッシャブルなど高機能スーツが続々登場

  5. 2012

    スーパークールビズ提唱

  6. 2010年代中盤

    ナポリなど海外で修業した新世代ビスポークテーラーが数多く台頭。オーダースーツブームが始まる

    クラシック回帰が隆盛。プリーツ入りパンツやワイドラペルジャケットなどが復権

  7. 2015

    デーヴィッド・マークス氏が『AMETORA』を上梓。世界的トラッド・リバイバルの契機となる

  8. 2024

    麻布テーラー創設25周年

MEMO新世代の台頭で
スーツはさらに面白く

クラシコイタリアブームもピークを過ぎた2000年代後半になると、スーツのカジュアル化が急速に進んでいきます。肩パッドや芯地を省いて軽快な着心地をかなえたアンコンスーツが台頭し、ストレッチや防シワといった機能系スーツも次々と登場。同時にシルエットはスーパースリムが一世を風靡(ふうび)し、スーツスタイルは大きく様変わりしていきます。そんな潮目が一気に変わったのは2010年代前半。クラシックなビスポークスーツに身を包んだアジアの新世代ウェルドレッサーが世界的に注目され、時代はクラシック回帰へと舵を切ります。その後、しばらく鳴りを潜めていたトラッドスタイルも続々復権。多様化という熱を帯び、いまスーツは新たな黄金期を迎えているのです。

オーダーの解像度を上げる
スーツディテール図鑑

知識ゼロでもオーダーは楽しめますが、
スーツの細部を知れば知るほど
理想像を明確に思い描けるもの。その一助として
重要なディテールを一覧にまとめました。

JACKET

JACKET 1
01.上襟

別名カラー。ジャケットの着心地を左右する重要箇所で、ここが首筋にぴったり沿うとジャケットの重さを感じにくくなります。襟首が浮いてしまうのは×。

2
02.ゴージ

上襟とラペルのつなぎ目部分。ゴージの位置が下にあるほど、また角度が下向きなほどクラシックな印象に。スーツの個性を決定づける意匠のひとつ。

3
03.袖山

身頃と袖のつなぎ目で、肩の先端にあたる箇所。袖山を盛り上げたロープドショルダーは構築的な印象で、英国の定番。袖が身頃の下に入り込むシャツ袖は軽やかな表情で、イタリアスーツにしばしば採用。ナチュラルショルダーはその中間。米国系で一般的です。

ロープドショルダー ナチュラルショルダー シャツ袖
4
04.胸ポケット

右下図のようにカーブしているものはバルカポケット、直線的なものは箱ポケットと呼びます。加えて身頃の上からポケットを縫い付けたパッチポケットも。

5
05.ラペル

太いとクラシックで重厚、細いとシャープでスポーティーな印象。先端をとがらせたピークドラペルはフォーマルな顔つき。

ピークドラペル
6
06.ラペルステッチ

端ギリギリを縫い上げるコバステッチは端正でドレッシーな雰囲気。ビジネススーツではこちらを採用するのが普通です。一方、端から6㎜の間隔を空けてステッチをかける仕立ても。こちらはカジュアルな印象のため、リネンやコットンなどと好相性。トラッドなブレザーにも6㎜ステッチが採用されます。

コバステッチ 6mmステッチ
7
07.腰ポケット

ポケットフラップのない両玉縁はフォーマルな印象。身頃の上からポケットを縫い付けたパッチポケットはカジュアルな顔つきに。斜めに傾けたスラントポケット、右腰ポケットの上に付ける小さなチェンジポケットはともに英国由来。

両玉縁ポケット パッチポケット スラントポケット チェンジポケット
8
08.ベント

背中側の裾に入れた切れ込みをベントと呼びます。現在のスーツは国籍を問わず、両端に切れ込みを入れたサイドベンツが主流。ブラックスーツなどの礼服ではセンターベントや、ベントを切らないノーベント仕様も採用されます。

センターベント サイドベンツ
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09.本切羽

袖ボタンを実際に留め外しできるようにした仕様のこと。こだわりを表現するディテールのひとつとされます。ここがダミーのものは「開き見せ」と呼びます。

10
10.ネーム刺しゅう

オーダーの証しとして入れるネーム刺しゅう。麻布テーラーでは多数の書体から選べます。名前のほか、座右の銘などを刺しゅうする方も。

ネーム刺しゅう
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11.フラワーホール

左のラペルに開けられた穴のこと。もとは生花を飾るための穴と言われています。襟裏に花を固定するループを付けることも。

12
12.アームホール

身頃の腕ぐりのこと。肩から脇の下にかけて過不足なくフィットすると、腕を動かしたときにもジャケットが引きつらず、窮屈さを感じにくくなります。

13
13.ボタン

オーダーにおける醍醐味のひとつとなるボタン選び。一般的なプラスチックボタンのほか、水牛やナット(ヤシの実)、貝などこだわりの素材も選べます。

14
14.フロントカット

ボタンの下から裾にかけてのラインのこと。ここが大きくカーブしているとイタリア的な軽快感、直線的だと英国的な端正さを演出する一着になります。

15
15.裏地

背中部分の裏地を省いた背抜き、前身頃の裏地も半分ほどにしたクール、前身頃の内側まで表地を伸ばした大見返し、肩甲骨部分に半円形の裏地を重ねた観音など、各種あります。夏向けの服ほど裏地を減らすのが一般的。

総裏 背抜き 大見返し 観音 クール
16
16.芯地

襟や胸周りの内側に入る芯地。麻布テーラーではカスタマイズが可能で、立体美を追求したフル毛芯、軽やかさを重視した半毛芯、胸周りの芯地を完全に取り去った芯なしなど、好みに合わせ幅広い選択肢を用意します。

TROUSERS

TROUSERS 1
01.股上

英語でライズとも。ワタリや裾幅が太くなると股上も深くなるのが一般的。スリムフィット全盛時は股上浅めが主流でしたが、近年は程よい深めも人気。

2
02.ウエストバンド

ベルトループを排したサイドアジャスター、ボタン留め部分を長く伸ばした持ち出しはクラシックな意匠。背部が伸縮するシャーリングもオーダー可能。

サイドアジャスター 持ち出し シャーリング
3
03.フライ

実用的なジッパーフライ、クラシックなボタンフライから選択可能。また、内側を交差するようにボタン留めするパンチェリーナ仕様もオーダーできます。

4
04.マーベルト

ウエストバンドの内側部分を覆うように取り付けた内布のこと。腰周りのフィット感が高まります。ここに滑り止めを取り付けることもできます。

5
05.ワタリ

もも周りの太さのこと。パンツを平たく置き、股の付け根から反対の端までを測った数値をワタリ幅と呼びます。ももに対し若干ゆとりをもたせるのが基本。

6
06.クリース

両脚の中央部分に入れた折り目のこと。麻布テーラーではクリースが取れにくくするシロセット加工や、樹脂でクリースを固定する加工も可能。

7
07.プリーツ

タックとも呼ばれる、腰周りのヒダのこと。プリーツ入りのパンツはクラシックな印象が高まります。本数に加え、ヒダが内向きか外向きかもポイント。内向きのインプリーツは英国スーツの定番仕様で、弧を描くようなラインです。

ワンプリーツ ツープリーツ インプリーツ
8
08.腰ポケット

上図のように、ポケットがパンツに対して斜めに入っているものが一般的に知られていますが、クラシックなのは下のような縦形ポケット。微差ですが好みが分かれるディテールです。

縦ポケット
9
09.裾仕上げ

ビジネススーツで最も一般的なのはダブル仕上げ。シングルはフォーマル用か、裾をすっきりとシャープに見せたい場合に選択を。裾を斜めにカットするモーニング仕上げは、裾先が甲のところでたまるのを防ぐためのもの。シングル・ダブル共に組み合わせられます。

シングル ダブル モーニング

VEST

VEST

麻布テーラーではベストのバリエも多彩。ベーシックなシングル、威厳が高まるダブル、そしてクラシック感が高まるラペルド(襟付き)ベストもオーダーできます。ダブルの形も選べるほか、ポケットの数は2~4つからセレクト可能。さらに背中の生地は表地とは別に選べ、カスタマイズの幅は無限大。スーツ用だけでなく、単品ベストを仕立てて装いの幅を広げるという手も。