25th Interview No.1

麻布テーラーと深く関係のある方々にお話をうかがう本連載、第一回目は「ニッケテキスタイル」さまにお話お伺いました。ニッケテキスタイルは、1896年創業の日本を代表する老舗ウール一貫生産メーカー「ニッケ(日本毛織)」のグループ会社で、主にファッション衣料向け生地・製品・糸の企画・販売を行なっています。麻布テーラーは1999年のスタート時より同社から素材提供を受けており、今回お話を伺います河野さんとともに麻布テーラー用の様々なスペシャルファブリックも開発してきました。そうした別注生地の誕生経緯を改めてうかがうとともに、今後新たに麻布テーラーと取り組んでみたいことなどについてお聞きしました。

本日お邪魔したこちらの建物は「ニッケ創作工房」というんですね。

河野さん:はい。ご存知の通り、ニッケテキスタイルの製品は、母体であるニッケで生産しております。生産拠点は大きく3つの地域に分かれており、岐阜県各務ヶ原市に紡績工場、愛知県一宮市に糸染め・撚糸・製織工場、兵庫県加古川市に製織・整理工場を有します。一宮の工場に隣接したこのニッケ創作工房は、ニッケテキスタイルのショールームであると同時に、ニッケ128年の歴史の中で生産した素材や、海外から収集した素材などのアーカイブを25万点以上保管する場所です。

膨大な資料が生産現場の近くあるのは、御社にとってはもちろん、麻布テーラーのように生地制作を依頼する側にも大きなメリットでしょうね。

河野さん:弊社には「機能性素材」「高級素材」、「復刻素材」の三本の柱がありますが、どの素材開発においても、ここのアーカイブからヒントを得ることは多いですね。

麻布テーラーはブランド設立の1999年から御社とお付き合いしてきました。今まで本当にさまざまな生地をご提案していただき、 2006年から展開する、ウール100%ながら、シワになりにくく、ナチュラルなストレッチ性や撥水性を備えた機能素材「ワールドトラベラーカスタム」という人気のオーダー生地コレクションにおいても、欠かせない存在となっています。ちなみに、今でこそストレッチ性などの機能性を付加したウール素材は珍しくありませんが、御社はずいぶん早くからこの分野を手がけていますよね。

河野さん:そうですね。もともと弊社は軍服やユニフォーム用の高密度で丈夫な素材を得意としていたんです。そういう意味では昔から高機能素材を作る土壌があり、1970年代からは出張の多いビシネスマン向けに、シワになりにくいウールポリエステル生地も展開してきました。そうした流れの中、ついに当社の技術陣は、ウール100%でシワになりにくい「トラべルック」という生地を開発。弊社から供給しているワールドトラベラーカスタムは、このトラべルックをベースに、ストレッチ性や撥水性などを付加したものです。以降、少しずつリニューアルをしながら今に至ります。

今年はそのワールドトラベラー カスタムにて、ネイビーの発色にとことんこだわった生地も登場しました。

河野さん:我々が“麻布ブルー”と呼んでいる別注のネイビーカラーのことですね(笑)。麻布テーラーさんは。メンズファッションの基本色であるネイビーやブルーに対するこだわりがとても強く、今までにない究極のネイビーを作れないかと提案されたんです。普通は色のカスタマイズというと、糸染めか反染めで行うことが多いのですが、それだとベタッとしたソリッドなカラーになってしまう。我々はもっと奥深いネイビーが作りたく、まずはトップ(糸になる前の太いワタ)の段階トーンの異なる5色に染め分け、それを均等に混ぜて1本の糸にするという極めて手間のかかる工程を採用。これにより一見端正な無地でありながら、近づくとさまざまなトーンのブルーやネイビーを感じる、奥行き感あるネイビーができました。

紡績から行うニッケさんならではの、他にはないネイビーだと思います。 また御社の生地といえば、麻布テーラー向けに特別開発していただいた「MAF」についても触れないといけませんね。

河野さん:ありがとうございます。MAFはもともと弊社の高級素材の代表格です。ちょっと価格帯が高くて、なかなか採用いただけなかったのですが、麻布テーラーオリジナルとして、今まで以上にリッチな光沢感やスムースな表面感にこだわったスペシャルな生地を開発したら、ようやく採用していただけることになりました(笑)。

ニッケさんは、じつはニュージーランドメリノウールの品種改良に多大な貢献をしており、MAFはその関係性から生まれた素材だと聞いています。

河野さん:かつてニュージーランドの羊からは、カーペットに使うような太い原毛しか採れなかったんです。そこで1988年にニュージーランド政府とニッケが国際プロジェクトを立ち上げ、約4年間にわたって羊の品種改良を行なった。そして完成したのが、最高品質のエクストラスーパーファイン・ニュージーランドメリノウール。その羊毛の素晴らしさを引き出すべく、紡績、製織、整理の全てに徹底的こだわって生産されるのがMAFです。いま海外の有名生地メーカーの多くがニュージーランド産のウールを当たり前のように使っていますが、その素地を使ったのは我々だと誇りを持っています。実際、今も弊社の社員がニュージーランドに行くと、政府関係者から「あのときは本当にお世話になりました」と感謝されます。優先的に良質な原毛が入手できるのも、そうした経緯があるからなんです。

麻布テーラーオリジナルのMAFはデビュー以来おかげさまでとても好評です。目の肥えたお客様に「何かいいネイビーの生地はない?」なんて聞かれたときにご紹介すると、かなりの確率で「これに決めた」となります。皆さん、このこぼれるような光沢がたまらないとおっしゃいます。

河野さん:リッチな光沢をたたえていますが、イタリアの高級生地によく見られるヨコ糸単糸使いの生地ではなく、タテヨコともに双糸で織り上げています。だから仕立て映えし、型崩れもしにくい。もちろん耐久性も高く仕上がっています。“実着用できるラグジュアリー生地”としてぜひお試しいただければ嬉しいですね。

スーツ離れが叫ばれて久しいですが、一方で、スーツできちんと装うことの楽しさに再び気づき始めた人も着実に増えています。そういう方にはこのMAFをはじめ、ニッケさんの作るメイド・イン・ジャパン生地は刺さると考えています。

河野さん:嬉しい評価です。ありがとうございます。

ところで長年のお付き合いしたパートナーとしての麻布テーラーについて、御社は正直どのような評価なのでしょう。毎度いろいろと難しいオーダーをしていますので、面倒に感じていませんか(笑)。

河野さん:いえいえ、とんでもない(笑)。色柄も含めて、こちらも「いいな」「やってみたいな」と共感するご依頼ばかりで、企画・営業の立場の私も、毎回とてもやりがいを感じています。そもそも私は麻布テーラーさんのオーダースーツは、ニッケの生地の魅力を引き出す絶好の舞台だと考えています。ファッショントレンドはもちろん、日本のビジネスやライフスタイルの変化まで知り尽くした熟練のフィッターさんがスーツの生地やスタイルを提案し、それを日本の縫製工場で形にしている。メイド・イン・ジャパンのスーツ文化を次代に継承する上で、最高のパートナーと考えています。今後は、SDG’sを切り口にした企画、あるいは麻布テーラーさんの縫製技術を生かすような素材開発にもどんどん取り組みたい思いです。ぜひ一緒にチャレンジしていきましょう。

ありがとうございます。 これからの麻布テーラーとも引き続き長いお付き合いとなるよう、 どうぞよろしくお願いいたします。